他力本願寺

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コミュニティとか

俺様だっ!

友よ!熱き友よ!!

2012年2月8日 #

カーリングの「チーム青森」の新ユニフォームデザインが決まったとラジオで言っていた。

なにやら「大漁旗」をそのまま使ったデザインらしく、昨年の震災からの復興を祈念し、津波被害にあった沿岸部を応援する意図があるらしい。

デザイナーの人も「赤を基調とした、青森を彷彿とさせる力強いイメージで」と言っていた。

 

が。

もはや「チーム青森」じゃなくて「チーム沿岸」もしくは「チーム東北」になっちゃってね?

 

なんでも震災震災って、しつこくね?

 

復興は大事だし、被災地の方々にがんばって欲しいし、そのためにできる事があれば勿論力を貸したい。

 

だが、こういうのはすっかり違うと思う。GKB47といい勝負なくらい。

いいかげんもういいだろ、震災ビジネス。

 

飽きた。

posted @ 18:34 | Feedback (0)

2011年12月21日 #

本日は仕事で原燃へ。

といっても関係企業の事務所などがある、奥の方へ行ったのですが。

 

友人から借りた測定器の電源をいれ、荷降ろし開始。

車内から断続的に「ピ ピ」というアラーム音が聞こえます。

アラームは0.13μSv以上で鳴るように設定してあるようですので、その辺の数値が出ていることでしょう

 

などとタカを括って車内に戻り、測定器を見てみると0.25μSv。 ちなみに安定値。

今回は企業関係者の方々が周辺を歩いていたので、屋外でゆっくり測定はできなかったのですが、車内の足元のマット付近において測定したので、地表からの高さは約30cmといったところでしょうか。

雪も降って積もったし、地表の測定はできないなー とか思っていましたが、コレは!

 

近所のコンビニで、大急ぎで靴を雪で洗い清めました。

 

ついでに僕の胸の高さ(約140cm)あたりでの線量は 0.16μSvでした。 こちらも安定値。

 

運んだ荷物が0.08μSvだったのは不幸中の幸いでしょうか

posted @ 16:55 | Feedback (0)

2011年12月16日 #

しばらく大人しくしてるかと思ったクレイジー婆、大騒ぎ。

早朝から表で歌うわ、大声で人の家の悪口いいまくるわ、近隣の家と悶着おこすわ。

 

そのうち、逆鱗に触れたのか、向かいの家の玄関をガンガン殴り「出て来い!!」とか。

 

そしたらカミサンが

「逮捕されたみたいよ」

的なww

 

どうやら、他の家にも同じ事をして、しかも鍵を壊して家に入り込もうとしたらしく(もちろんソコの家の人は何もしてません)。

さすがにそれを見かけた人が「何やってんの!!」と通報。

 

タイーホwww

 

精神疾患ということで病院に叩き込まれ、現在は親戚宅にて療養中らしいのですが、一ヶ月ほどすると戻ってくるらしい。

戻ってきたら・・・めんどくせええwwwww

posted @ 21:23 | Feedback (0)

2011年11月13日 #

先日、手術で2週間くらい入院してたわけですけど。

 

手術自体は大した事ないソレで、病気自体も命に関わるようなものではないのですが。

思ったより「大変」でした。

手術そのものもそうだし、周りの反応もそうだし、何より入院が長くて、気持ち的に病人モードに。

 

そのせいと言うわけでもないのかも知れませんが、

「生きてるうちにやれることやっとかにゃイカン!」

と思いました。

 

自分だけに限った話じゃなくて、当然ですが周囲も。

 

そんなわけで、最近は老いた親父や叔父、叔母の相手したりしてました。

自分より多分先にいなくなる存在。

生きているうちに「一緒に」なにか出来るなら、やっとかないと後悔しそうだなと思ったので。

 

自分が生きてるうちに

大切な誰かが生きてるうちに

 

何かしておきましょう。 何かを。

posted @ 23:39 | Feedback (0)

2011年11月6日 #

1Fに住む、クレイジー婆。

最近、少し頭がまともになったかな? 普通に挨拶するしな なんて油断していたら、来ました。

 

怪文書。

 

以下、原文ママ(メモ用紙4枚)

 

1 こしこにある食器つかうな バイキンついている 夜くらくなってからいけ はるあとでお金もってくるから 神様部屋におけ

2 国松の仕事もそこではたらけ 仕事仲間だれもうたがっていない きかれたら国松二人いるといえ 北海道にいると

3 がんばるんだよ よその人のことはきにするな おがんでやるから

4 大根はみそしるにしてたべなさい いおりさんこまったことがあったらわたしに相談しなさい TEL○○○-○○○○

 

すいません、気持ち悪いです。

以前、頭のおかしい人から来たメールに通ずるものがあります。

狂人の書いた文書です って感じの見本です。 いや、本当に少しヤバい人なのですが。

 

いつもいつも、なぜウチがターゲットにされるのかとカミサンが嘆いております。

そりゃ嘆くわ。

 

っていうか、だから今日は俺の誕生日なワケでさ、ね。

なんでこんな・・・どんな誕生日やねんwwww

posted @ 16:40 | Feedback (0)

40年生きました。

あと還暦2回迎える予定ですので、160まで生きます。

 

キツいっすね

posted @ 15:54 | Feedback (0)

2011年11月3日 #

次女が生まれる前に会ったっきりですから、実に6年ぶりに叔母が名古屋から。

実家の父と、その弟と、妹(叔母)の3兄弟。

数多い兄弟の、最後の3人。

あとは病気やら何やら、以下略ですけども、この世で兄弟と呼べる最後の3人。

一同
一同 posted by (C)HIDE@いろはす

 

年齢も年齢になってくると、今回会えないと次いつ会えるだろう みたいな事も当然考えると思います。

うちの親父が最年長(80)になりますので、なおさらです。

たとえば同じサイクルでまたくるとして、次は6年後。

そのころ親父、86になってます。さすがに微妙だと思いません?

 

会えるうちに、機会のあるうちに会っておきたい、と思うのかも。

兄弟がいない私にはよくわかりませんが、親子でも同じかな。死ぬ前にガキどもには会っておきたいと思うかもね。

 

そんなわけで折角の機会ですし、僕ちょうど無職ですからwww

できるうちに親孝行もしておいてやろうかと思います。

 

posted @ 22:21 | Feedback (0)

2011年10月31日 #

ただいま。

無事手術を終えて戻ってまいりましたこの私。本日退院と相成りましてございます。

ご心配またお見舞いくださいました皆々様には厚く御礼申し上げまして候。

 

てことで、以下薄気味悪い話(単に手術の体験談ですがね)を。

 

遡ること1週間、10/23(日)の夕飯後から絶食&断水、10/24(月)の朝目覚めてからも空腹と喉の乾きに耐えつつ手術を待ちます。

一昼夜は意識が戻らないので、前夜の内に下剤も飲み、身も心も空っぽで手術のときを迎えます。

手術は朝一(9:00)開始でしたので、その前にカミサンがやってきました。カミサンの付き添いのもと、ガラゴロと手術室へ。

手術室前でICU看護師の方々が紹介され、麻酔医の先生や執刀医の先生が手術室に入ってきました。

 

手術台に移動し、手を動かないよう固定されます。

心電図モニターと脈拍計、血圧計が装着されていきます。

 

で、いよいよ麻酔スタートです。

左手の甲に点滴針を刺して、そこから麻酔液を注入。同時に笑気(ガス)麻酔をかけていくのですが。

この笑気麻酔すげえ。

○○を○グラム入れていきますー 次○○を○グラムいれますねー みたいに、麻酔医の先生は淡々と事務的に作業を進めていきます。

ここで笑わせられたり冗談カマされても困るので、淡々とやっていただいて助かりますがそれはどうでもよろしい。

ドラマでクロロホルムで倒れるシーンあるじゃないですか。あの倒れて意識が混濁していく映像。もやややーん って。

あれ、あのまま。

あまりの楽しさに、意識が落ちる前に言わずにいられず、頭の傍にいた麻酔医の先生にむかって

「すげえグルグルしてるっす!ドラマと同じっすね!面白いっすね!」

って言った記憶を最後にその日は意識不明の重体(一部不適切な表現ですね)

 

話によると術後ICUで一度目を開けたらしいですが、その記憶はございません。

 

次に目覚めたのは25(火)の朝9:00を回った辺りだったと記憶してございます。

「麻酔抜きましたんでもう起きると思いますよー」

と言った先生をじっと見ていたら

「あ、起きてた」

と言われ。腹が減りすぎて、空腹で先に目覚めてしまいました。

呼吸器が口に突っ込まれているので声が出ませんし、麻酔も完全に切れてませんので、のんびり息だけしてぼんやりしてます。

目だけでキョロキョロすると、カミサンや父母が、まぁ近くに来ていて、寝ている私を見ているわけです。

で、そう何分もしないうちに家族が外に放り出され、術後の処置を開始します。

 

正直、手術よりも何よりも、これがイッチバン辛かったです。

まず前日、喉を横方向に切開してるわけです。それなのに後頭部側に頭を仰け反らせられ、内視鏡を鼻から突っ込んで喉の内側の腫れや炎症をチェックします。

喉がマズイと呼吸器が外せないため、チェックするとの事前指導がありましたので覚悟はしておりました。

「カメラで見ますので、ちょっと苦しいですけどー」と若くて可愛い先生が言った次の瞬間。

容赦ない勢いでズドンと鼻の奥にカメラが突き当たり、グイン、と向きを変えて一気に喉の奥へカメラが進みます。

でキョロキョロしてます。喉の内部で。

吐き気のひどいこと。そして傷口の痛いこと。さらに鼻の奥の痛いこと痛いこと。

しかもよく見えないのか鼻血が邪魔なのか、一度抜いて反対の鼻穴からズガンと再挿入。

全く同じプロセスで全く同じ痛みを2度繰り返すのは拷問の基本だと知りました。

この時ばかりは声も出ないのに泣きました。ついでに洗いざらい白状したくなりました。

 

でまぁグリグリと喉を見て、大丈夫そうだというので呼吸器の管を抜くわけです。

自分の目の少し下あたりに呼吸器のてっぺんがありまして、口の中の感覚では喉の入口付近まで管が通ってそうなイメージなのです。

「じゃあ呼吸器抜いていきますよー」って若くて可愛い先生が言った次の瞬間。

ずるずるずるずるずるずる

って!!!

ずるずるずるずるずるずる

って!!!!!!!

 

何cm入ってんだよ俺の中によ!!! って言いたくなるレベルの寄生虫まがいの長い物体がどんどん出てきます。

吐くところでした。抜くのが苦しいとかじゃなく、おぞましくて。確かに苦しくもありましたがね。

だって体内に(喉の奥から)20cm以上の長さですよ。鼻の頭のあのてっぺんから勘定したら、あんた楽に30cmはありますよ。

おえー

 

でやっとこサッパリして、意識混濁ですよ。痛み止めのモルヒネがバンバン点滴されてまして、これが眠くなるっすよ。

でもまた家族と合流して、次に回復室という、術後一泊するような部屋がございまして、そちらに移動です。

「腹減った」「麻酔おもしれえ」としきりに訴えていた記憶がありますが、やはり混濁してますので中途半端な記憶しかありません。

 

回復室では5分寝ては5分起きて、といったサイクルこそ忙しいものの意識朦朧と過ごしました。

25日は朝からカミサンと両親が見舞いに来てくれたのですが、まだ本回復した訳じゃないのであんまりちゃんと対応もできず。

意識はある程度はっきりしてるんですが、モルヒネのはずみでいきなり寝ちゃうんですよね。

このとき何を会話したか、ほとんど記憶に残っていないのがその証拠です。

でも深夜、窓の外を誰かが歩いていたのを目撃したのが気になって眠れない!って次の瞬間には寝ましたけど。

 

翌26日午前中、カミサンが見舞いに。同日午後友人が見舞いに。その後両親が見舞いに。

この日の記憶も不明瞭ですが、友人に「カテーテルマキが…」と言って二人で爆笑した記憶だけが鮮明です。

その夕方辺り?だったと思いますが、元々いた外科の病棟の部屋に移動になりました。

この時点で気づいてはいましたし、先ほど友人にも言いました通り、私には尿道カテーテルが挿管されてるわけです。

また怖いアイテムが一つ増えてしまいました……

この日から流動食に等しい3分粥が出され、無理やり体を起こして食います。

食いますが、空腹のあまり一気に全部食ったらしゃっくりが止まらなくなり、翌朝までノンストップで眠れず。

 

この翌日27(金)朝の回診で、手術の傷口から出ている管(これには気付かなかった)が抜菅されます。

当然傷口に埋め込まれてる訳ですから、抜く時痛いです。思ったほどじゃなかったんですが、それでも痛かったです。

そして若くて可愛いナースさんがお二人やってきて

「おしっこの管とっちゃいますねー エヘ」みたいな(妄想と誇張が含まれております。怒張はしておりません)

もうこちらには恥も外聞も残っておりませんので、お好きにどうぞってなもんです。むしろどうぞ。

で、痛みに耐え忍ぼうという体制を整える前に「ひょい」とばかりに抜菅されてしまいます。

アンタそんな無造作な!!!!

痛いとかじゃなくて、熱いです。

尿道内ヤケドします。そのくらい(体感的に)熱かったです。で固まっておりますとナースのお一人が「あ、固まった」とか言います。

そりゃ固まるよ。

 

その日出てきたご飯は5分粥です……昨日より硬くなった、とは言え。

俺は肉が食いたいんだ。

俺は肉が食いたいんだ!!

と叫びますが、そういうルールらしいので如何ともできません。肉はおあずけです。

汁すすって、具のない味噌汁の汁すすって、と汁まみれです。腹にたまった気がしません。

 

管が抜けたということは、トイレなりなんなりは歩いて行かなければなりません。

歩いていくにも点滴が邪魔で、まぁ管を上手くよけて点滴台につかまって立ち上がろうとするんですが、何しろソレまで丸3日寝てたわけです。

足には力が入らないわ、体を起こそうとすると傷が痛むわ、立ち上がってはベッドに尻餅という有様。

なんとかヨボヨボとトイレに行きますと、なんか個人用の袋に尿をためてくださいと言われ、ビーカーにとって袋に溜めます。

部屋に戻って早々に寝たいところですが、まだ昼です。

というわけで本を読みつつ時間が過ぎるのを待ちます。

寝ても夜中にすぐ目が覚めてしまい、ろくに眠れません。ここまで寝すぎた弊害でしょうか。

 

翌日は7分粥、更にその次の日は全粥となるのですが、生来流動食は見るのもいやなタチです。

ぶっちゃけ食欲旺盛なのに食欲が湧かないと言うものすごいジレンマに襲われ、病院の売店で固形物を買ってこっそり食べる始末。

いいのか俺。

よくない。よくないけど流動食はいや。

 

この時点(金曜~土曜あたり)で、足腰はかなり元通りに復元します。

6Fに入院していたのですが、1F売店まで階段を駆け下りるという荒業で体力を強制的に回復。さすがに傷に響くので、頻繁にやるとアレだと思います。

で、土曜に仮出所(?)というご沙汰をもらえたので、家に帰ってPCさらったり携帯いじったり本を買い込んでみたりして病院へ戻ります。

 

結局すぐ読み終えてしまい、日曜の午後、再び外出許可を得て徒歩5分のブックオフまで本を買いに行きます。

買い込んで病院へ戻るという不毛な外出を乗り越え、やっと本日退院の沙汰が出たのは良いのですが、思いのほか時間がかかり。

10時過ぎには支度を終えていたにもかかわらず、病院を出たのは13時という有様でした。

カミサンが13時から仕事だったため、父の車で自宅へ戻り、様々な案件を片付けて再度病院へ。

 

未受理の薬と未処理の請求書を受け取り、退院と支払いの手続きを完了した上で帰宅。

 

おかげさまでこれだけの長文を書く程度には回復しておりますので、皆様ご安心の程を。

posted @ 17:32 | Feedback (4)

2011年10月19日 #

ブログUPしとこう、と思ったら、トラブった。

 

普段、メインのブラウザはGoogleChromeを使っています。そしてブログは.Text。

この二つは相性が悪すぎて、通常の状態では(入力画面の)表示がへんてこになり、入力→UP で、とんでもない日記をUPする羽目になります。

 

なのでIETabという拡張機能を使って、あたかもIEから入力しているような(IEだとちゃんと入力画面が出てきます)形で作業しています。

先ほどChromeのフォントが壊れて、ろくにサイトの文字読めませんみたいな状態になり。

アンインストールして、インストールしなおしたら、追加してた拡張機能が全部吹っ飛んでて。

 

ツイッタは見れないわ、自分のブログの記事がへんてこな事になってるわでもう

 

双子のお守りをしながらの機能追加は面倒でしたとさ。

posted @ 23:55 | Feedback (0)

明日から入院、です。

バセドー病なので、甲状腺の大半を切除する手術を行うわけです。

手術は来週、術後1週間程度で傷は塞がるような話です。

よって、明日から最短で10日ほど、連絡のつかない状況に突入します。

 

正直、自分が頑張ってどうにかできることではないので、執刀する医者を信じるしかないのですが。

切る場所が喉なだけに、医者の説明を聞いてるだけで怖いです。

怖くて仕方ないです。

 

気合でどうこうできる話でもないですし。

ただ恐怖感だけが一日一日強くなっていきます。

口にするのが憚られるので誰にも言いませんが。

 

だから書いておこう みたいな

posted @ 23:32 | Feedback (0)

2011年10月16日 #

久々のブログ更新。

6月に通院したときに、甲状腺切除の手術を依頼した。

その時点で「手術がいつになるかは分かりません」という話だったので、とりあえず9月末~10月の中旬までには手術したいと話した。

 

その後通院を繰り返すうち、具体的な日取りは決まらないものの、大体9月末を目処に手術する話でまとまった。

 

なので、9月の締めを目処に会社を一度退職。完全に回復した後に職場復帰という約束で、退職。

その辺りに病院から電話が来て、手術の日程が決定するはずだった。

 

そのまま放置されること3週間。

このままでは11月の所得が0になってしまう。生活できん。

と思ってこちらから連絡すると「9月末~10月末にかけて、手術の日程を連絡することになっています」という話に。

 

実際混雑しているので、10月末手術ならその2週間前くらいに連絡がくるはず。

…と思って待ってみるが、一向に連絡がこないまま10月も2週目に突入。

 

改めて電話し、こちらの都合を述べた上で「当初の予定と違うので、とにかく早急に手術の日程を決めて連絡をもらいたい」旨伝える。

するとその日の午後、電話が。

「手術は24日、入院は20日、17日に入院前検査をしますので来て下さい」

それ…なんで即座に連絡くるの?

今まで数ヶ月待たされたのは一体なんだったわけ?

実はもっと早く手術できたんじゃないの?

と、対応に苛立ちを覚える。

 

が、そんなことはおいといて、手術日程が決まると「ヨウ素」を飲む必要があるということで内分泌内科へ連絡。

翌日病院へ行って、薬を処方してもらう。

というわけで、今週木曜には入院です。

 

が、とりあえずそんなことは全て置いといて。

 

最近連絡を取っていない、小学校の同級生(女)が、うちの娘に「お父さんいつごろ良くなる?いつごろ飲みに行ける?」って。

お前と飲む約束してないわけで。

家でそういう話されると、カミサンが「いつそういう約束したの?」とか面倒なこと言い出すわけで。

大体お前には俺が病気だという話すらしてないわけで。

 

軽く気持ち悪いんだけど。

 

そんなわけで、最近思い出した数年前のブラックな事件を、違う角度で再度思い出してしまった。

治療に専念させろや

posted @ 18:17 | Feedback (2)

2011年9月5日 #

こんなに面白くない思いをしたのは久々だ

 

って言いたかったのに

 

 

なんでこう四六時中面白くない思いをしなければならないのかと

 

 

毒吐かないようにと思ったのですが無理でした。

おもしろくねぇ

posted @ 21:45 | Feedback (0)

2011年8月17日 #

自分は友人に恵まれている方だと思う。

 

彼らのおかげでお天道様に顔向けできる生き方をしているとも思う。

 

親の背中をみて子供は育つ。

親の背中から子が学ぶものは「生き様」そのものだと思う。

同様に、友人の背中からも「あー、俺もしっかりしねーとな」 とか 「がんばってるなー」とか感じることは多い。

 

まるで親のように、背中から何かを学べるそんな友人たち。

 

だから「親友」なんだな、と思った。

posted @ 20:19 | Feedback (0)

2011年8月2日 #

「精神的に病んでそう」

「なにか悩んでそう」

「無職の時みたいなオーラが出てる」

 

爆笑しましたが、上記はさきほどカミサンに言われた言葉。

 

 

・・・病んで見えてるなら問題だと思います。いかんな。ちゃんとせねば(本人全然自覚ないので軽くショックです)

posted @ 22:19 | Feedback (0)

2011年8月1日 #

カウントダウン開始。

 

あと4日で双子が2歳になります♪

いろんな言葉を(単語レベルで、しかもたどたどしいけど)話すようになりました。

一人でご飯やらおやつやら、ぶちまけながら食べます。

 

機嫌が悪いと騒ぎます。

 

そして宵っ張りです。

 

健やかに成長しててうれしい限りですが、もう少し早く寝ようよマジで。

posted @ 22:52 | Feedback (0)

2011年7月31日 #

強いふりをして生きてきました。

 

強がって守ってきたものって、せいぜいが「自分の安いプライド」くらいのもの。

一度強がってしまうと、弱いところをさらすことができないので強がり続けるしかなくなっていき。

 

 

本当の意味で、守るべきものができた今。

強がるまでもなく、自分は間違いなく強くなったと感じるシーンが多々。

 

今弱くても、明日。

そしてそう遠くない将来に、誰もがきっと強くなれるんだと。

posted @ 13:25 | Feedback (0)

2011年6月19日 #

僕には、恋に落ちるような幼馴染がいませんのでわかりませんが、幼馴染。

それも生まれてからずっと みたいな幼馴染。

そりゃ特別な存在だろうよ と思います。

 

娘にとっての幼馴染。

ま、友達の息子なんですが。

ぶっちゃけ自分の息子のように思うこともしばしば。

 

今年から中学にあがった娘は、学区の変更を届けたため、本来は幼馴染と同じ中学に通うところを、別の中学に進学しました。

当然、小学校の同級生たちのうち、学区変更を届けなかった友人たちは、その幼馴染の通う中学に進学していきます。

 

長い前置きでしたが先日のこと。

娘の誕生日直後あたりに、クラスのとある一人の男子が、ちょっとしたサプライズ的な? プレゼントを娘にあげたようで。

 

花なんですが、ちいさな花びらの小さな花。 「手・・・出してみ?」・・・的な!?

握った手の中から、娘の手の平にはらはらと。 「これ、やるよ」・・・的な!!!

(ごめん、おじさんこういう甘酸っぱいの大好きでさーwww)

 

ちょっと嬉しかったのか、娘は帰ってくるなり(安物ですが)切子のグラスに水を張り、その花びらを浮かべるようにアレンジしていました。

ズボラな娘が、それから毎日マメに水を取り替えていたところを見ると、思いのほか嬉しかったのかも。

 

つか、なにをやっとるんだ、昨今の中学1年生www 小洒落た真似しやがってwwwww (ってそうじゃなかったw)

あーーーー 甘っっっ!!!

 

・・・それとはまた別の日に。

幼馴染くんが通う中学に進学した元クラスメイトと、たまたま小学校の校庭で遭遇した娘。

その元クラスメイトの少年は、なんと幼馴染くんと同じクラス。

 

「なぁ、○○(幼馴染くん)って、××(ウチの娘)の彼氏なんだべ!? マジで!?」

的なことを聞かれ。

 

「はぁぁぁぁあああ!? いや、ちげーし!?」

って・・・

娘、そんな全力で否定してやるなよ・・・

それと、女の子なんだから「ちげーし」はヤメナサイね。

 

「えー!?付き合ってんだべ!?本人(幼馴染くん)が言ってたしー!」

幼馴染くん、君、学校でいったい何を言ったのかねwww

 

「ちげーって!!! ○○(幼馴染くん)、マジうぜぇっっっ!!!!」

オイwwww うぜぇとか言ってやるなよ・・・

あと女の子なんだから「うぜぇ!」ってのもヤメナサイね。

 

ハタから見ててもわかるくらい、仲のいい(そりゃ幼馴染だもんね)二人。

かわいいもんです。見てて微笑ましくなるくらい。やっぱり幼馴染って特別だな、って、見てて思えるくらい。

・・・俺がただのオッサンになってきたって説もありますが。

 

そんなこんなで、そろそろ父の与り知らぬ所で、幼い恋愛模様が展開し始めております。

そんな年ですか。多少早いような気もしますが、中学生ですからね。変でもないですね。

 

コレを肴に酒が飲みたいとつくづく思うのです。

なぁ、飲み会やろうぜ

posted @ 1:36 | Feedback (0)

2011年5月18日 #

5/14、結婚記念日です。結婚して丸14周年。

 

結婚当時、25歳だったオイラも気づいたら今年40を迎えます。

カミサンも24歳だったのに。

かわいかったなあ・・・(遠い目)

はっ、いかん。 今もかわいいですよホントに。

 

カミサンの親に「幸せにして見せますから」って大見得切って強奪してきたのですが。

 

さて、幸せでしょうか?カミサン。

散々苦労させてばかりのような気もします。へへへ。甲斐性なしですねぇ。

 

お互い一人っ子だったので、子供はたくさん欲しいね って言ってたから、そこだけはよかったかな。

結婚した次の年に長女が生まれ、いろいろあって7年も空いちゃったけど次女が生まれ。

おととしの夏には双子の男児が生まれ、と。

子宝には恵まれました。

 

オイラには血縁がいないので、心底うれしいし、ありがたいことです。

生まれるたび、影でこっそり嬉し涙を流したりしましたが、それは秘密です。

カミサンには感謝の気持ちでいっぱいです。

 

貧乏人の子沢山。あれ?何の話だっけ

 

ああ、そうそう15年目に突入しましたが、前年より少しでも幸せにしてやれるように、こっそりがんばります。

あくまでもこっそり。

posted @ 21:34 | Feedback (0)

2011年4月17日 #

さて、先週あたりから喉の腫れがひどくなってきました。

前の週に紹介状を書いてもらっていて、県病の内分泌内科を受診するように言われていたのですが。

仕事にかまけていかずにいたら、症状が先に悪化してしまいましたとさ。

 

冗談じゃない。

 

というわけで、あわてて紹介状を受け取りにいき、今週はできる限り早く、県病を受診しなければ・・・

 

切るも切らぬも医者次第~♪ とくらぁ

posted @ 21:27 | Feedback (0)

震災から40日近くが経過しました。

GSや物流に関しては、ほとんど元通りになったと思っていいくらい回復しました。

 

が、先の4/7の深夜、日付が4/8に変わろうというあたりに再び地震。そして停電。

翌日の昼まで電気は回復しなかったわけですが、結果として再びウチの仕事は遅れてしまったのでした。

 

問題は、違う意味での物流。

物流は回復しているのに、スーパーに商品が並んでいません。

もちろん製造工場が動いてないことも影響していますが、さしてここでは問題になりません。

問屋にはごっそり荷物が入ってます。

問屋からスーパーへの配送も走ってます。

 

じゃあ何が悪いのか。

 

出荷指示がおかしいのです。

問屋の倉庫に商品を一時保管して、出荷指示に従い出荷する という流れで小売店に商品が配送されます。

もちろん小売店からの注文に従って出荷するのがセオリーなのですが、商品がそろわない状況下では出荷制限がかけられます。

 

この出荷制限が曲者。

在庫が倉庫にいっぱいあるにもかかわらず、出荷制限がかけられているアイテムが多数存在します。

倉庫には物があふれかえり、スーパーの棚には物がない という状況が発生します。

 

震災から1ヶ月が過ぎたというのに、メーカーや問屋サイドが買占めしてちゃ話になりませんというお話でした。

posted @ 21:20 | Feedback (0)