できる事だから一生懸命やらねばならぬ。やりたいことだから続ける事ができる。どちらが正しい事なのか考えてみた事がありますか?
例えば、「とってもやりたい事だけれど、それで食っていけないからできない」っていうケース。
本心からやりたい事だというなら、食っていける・いけないは、最初から考えるべきでないような気がします。食っていく為にやるんだったら、「やりたい事」である必要ありません。食っていけないのに「やる」のは、それが本当に、ココロから「やりたい」からであって、「食っていけない」のは言い訳に過ぎません。
当然、やりたい事をやって食っていけない場合には、事前に食っていく為の手段を講じた上で「やりたい事」をやっていく必要があるわけです。準備のためにやりたくない事をやる必要もあるかもしれません。やりたい事だけやって生きて行けたら、どんなにすばらしいことでしょう。
でもそれを実現できる人間は、そう多くはありません。だから、やりたい事を仕事にしている人には憧れ、尊敬します。
例えば、「できる事だからやっているけど、本当はあんまり好きじゃない」っていうケース。
好きじゃないなら無理にやる必要ないんじゃないですか?好きでもない事を、一生懸命やれる人ってそうそういませんよ。結論から言えば、「いやいや」やってる事はいずれ自身の心身破綻につながるでしょうし、今の世の中ソレで昇進だとか出世だとか、そんな見返りもありません。じゃあナゼ好きでもない、いやもっと端的に言って「嫌いな事」を辛抱してやり続けているのか。それこそ、一般サラリーマンに多いと思います、こういう人。「サラリーマンだからな・・・」「今を乗り切れば・・・」言い訳のオンパレードです。文句があるなら言えばいいし、やりたくないならやめればいいんです。
でも、そんな暴挙(あえて暴挙といいますが)に出られる人間も、そう多くはないでしょう。もしくは、もうそんなに若くもないのでしょう。
やりたい事をやる為に、我慢して嫌な事を続けざるを得ない。家族を養う為に、今は辛抱して頑張るんだ。
・・・・・・・・なんて、こんな自分をほめてやりたいと思いますか?
「人を救う為に、他の人を殺す」・・・そんな大げさな、と言うかも知れないけど、それとなんら変わらない、そういう事をしているのではないかと、時に考え込んでしまうことがあるわけです。自分がしていることについて、「本当にこれでいいのか?」と、そう疑問を抱くときがあるわけです。
僕のしたい事はなんでしょう?僕にできる事はなんでしょう?僕がすべきことは何でしょう?僕はどうありたいんでしょう?
それを知るのは僕だけです。親友がそういう事を言ってます。確かにそうですね。自分を知るのは自分です。自分を動かすのも自分です。
じゃあ、解決できない黒々とした何かを内包したままの僕はどこまで行くのでしょう?
・・・・・・・それこそ、僕だけが知り得る未来なのです。白くも、黒くもなり得る未来。僕の作る未来はどっちでしょう。