表題は年月日、そして時刻です。
その瞬間、ちょうど八戸行きの荷物を積んでおいらせ町を走行していました。まもなく下田に差し掛かろうかというとき。
襟をつかまれて振り回されるような揺れ というのが正直な感想ですが、トラックごと振り回されるような揺れ。
慌てて停車し、ステアリングを握り締めて揺れが収まるのを待ちました。
ラジオからは緊急地震速報が流れていますが、地震による地磁気の乱れか、ノイズがひどくてちゃんと聞き取れない状態。
揺れが収まるまで2分以上そうしていたでしょうか。
再度走行し始めた時、津波警報が発令になりました。30分ほどで沿岸に到達する恐れとの事。
幸い沿岸方面へ向かうことは無い(とはいえ、後で確認したら走行していたエリアのちょっと向こうは津波による被災区域でした…)。
そのまま八戸方面へと走行していきますが、信号がすべて消えています。
停電のニュースがちらほら出ていますが、正確な情報が伝わっているわけじゃないのでアナウンサーも曖昧な事しか言えません。
そりゃ「停電している地域があるようです、交差点など走行の際は十分注意して下さい」くらいしか言えないわな。
八戸道の真下で余震。かなり大きい。高架が落ちてきたら挽肉だ、と思いながら、前の車に圧力掛けて押し出す。
それでも前に出ようとしないのでクラクション。周辺車両をすべて停めて、とにかく高架下から脱出。
陸橋を越え、奥入瀬川にかかる橋の真上から川を見ると水が無い・・・
半分以上、川底が露出している状態だ。これは大津波が来るぞ・・・
と思った瞬間、ラジオから「大津波警報が発令になりました」とのアナウンスが。
大急ぎで八戸北バイパスを駆け下り、給油しようとGSに頭を突っ込んだら店員が「すいません、停電で給油がストップです」と。
そうか。このとき初めて気づく。
停電するとGSが機能しなくなるのだと。
やむなく荷物を下ろしに行こうと八戸のセンターへ。当然避難してて誰もいない。
そうこうしているうちに何度目かの余震。
検品している余裕がないため、積んで行った状態のまま下ろして、後日回収という形にした。
そのまま青森へ向かうのだが、どう転んでも経由が足りない。
みちのく有料道路まで、八戸~おいらせ町~六戸町~十和田~七戸町~東北町~乙供~天間林と駆け抜けるわけだが、真っ暗。
行き交う車のヘッドライト以外の明かりなどないのだ。
当然だが、みちのく有料道路に入ったら真の闇。しかも猛吹雪。
速度を下げて、省エネ運転に徹するも、時すでに遅しという感じ。
それでもどうにか料金所を過ぎ、手近な駐車帯に車を寄せて電話。
しかし災害時につき携帯の発信制限が。
にもかかわらず、いきなり友人2人にはつながったwwww
その後社長・同僚に相次いでつながりはしたものの、市内も停電でGSは機能しておらず、やむなくそこに車を捨てて、カミサンに迎えに来てもらうことに。
しかし、電源を使う(ウチの場合は光電話なので)固定電話はつながらないのですよ、停電だと。
そして家族は俺以外携帯を持っていない。
やむなく最初につながった友人に電話してみたらすぐつながりましたww
友人にお迎えをお願いし、車のエンジンを止めてラジオを聴いていると、なにやらすごい津波で大変なことになっている様子。
なんとか友人に家まで送ってもらい、ストーブのない夜をすごす。
幸いこの時点では水道とガスは機能していたので夕食に関しては料理ができた。
翌日目覚めると水道が止まっている。
団地なので、一度ポンプで建物の上に回しているのだが、そのポンプが停電で動かないためだ。
昨夜の水は、上に残っていた最後の水だったのだろう。
前日出ていた水が出ない!となると死活問題になる。そこで実家に避難することにし、一旦家族全員で実家へ。
こちらは水道もガスも安泰だ。停電は東北の北3県(に限らず)同様の状態なのでやむをえないとして、反射式ストーブには助けられた。
あいてるGSでガソリンを確保して一安心したのがその日の午後。
カミサンの仕事も休みとなってしまった。クリーニング屋は(いや、他もそうですが)電気が無いと何も出来ません。
夕方になると、長男が熱っぽい。一度自宅に戻って薬を取ってくることにして自宅へ。
自宅付近まで来て、信号が復旧していることに気づいた。停電が終わっている!急いで自宅に駆け込む。
すると北上市のカミサンの父親からだった。無事を確認し、長男の薬を取って実家に戻る。
実家は未だに停電状態ww 停電の復旧に気づいてなかったのかwww
TVをつけると被災状況の中継やVTRが流れ込んできた。
愕然とした。
愕然としたまま現在に到っているが、本当の苦難はこの日より後に始まったのだった。
続く