ただいま。
無事手術を終えて戻ってまいりましたこの私。本日退院と相成りましてございます。
ご心配またお見舞いくださいました皆々様には厚く御礼申し上げまして候。
てことで、以下薄気味悪い話(単に手術の体験談ですがね)を。
遡ること1週間、10/23(日)の夕飯後から絶食&断水、10/24(月)の朝目覚めてからも空腹と喉の乾きに耐えつつ手術を待ちます。
一昼夜は意識が戻らないので、前夜の内に下剤も飲み、身も心も空っぽで手術のときを迎えます。
手術は朝一(9:00)開始でしたので、その前にカミサンがやってきました。カミサンの付き添いのもと、ガラゴロと手術室へ。
手術室前でICU看護師の方々が紹介され、麻酔医の先生や執刀医の先生が手術室に入ってきました。
手術台に移動し、手を動かないよう固定されます。
心電図モニターと脈拍計、血圧計が装着されていきます。
で、いよいよ麻酔スタートです。
左手の甲に点滴針を刺して、そこから麻酔液を注入。同時に笑気(ガス)麻酔をかけていくのですが。
この笑気麻酔すげえ。
○○を○グラム入れていきますー 次○○を○グラムいれますねー みたいに、麻酔医の先生は淡々と事務的に作業を進めていきます。
ここで笑わせられたり冗談カマされても困るので、淡々とやっていただいて助かりますがそれはどうでもよろしい。
ドラマでクロロホルムで倒れるシーンあるじゃないですか。あの倒れて意識が混濁していく映像。もやややーん って。
あれ、あのまま。
あまりの楽しさに、意識が落ちる前に言わずにいられず、頭の傍にいた麻酔医の先生にむかって
「すげえグルグルしてるっす!ドラマと同じっすね!面白いっすね!」
って言った記憶を最後にその日は意識不明の重体(一部不適切な表現ですね)
話によると術後ICUで一度目を開けたらしいですが、その記憶はございません。
次に目覚めたのは25(火)の朝9:00を回った辺りだったと記憶してございます。
「麻酔抜きましたんでもう起きると思いますよー」
と言った先生をじっと見ていたら
「あ、起きてた」
と言われ。腹が減りすぎて、空腹で先に目覚めてしまいました。
呼吸器が口に突っ込まれているので声が出ませんし、麻酔も完全に切れてませんので、のんびり息だけしてぼんやりしてます。
目だけでキョロキョロすると、カミサンや父母が、まぁ近くに来ていて、寝ている私を見ているわけです。
で、そう何分もしないうちに家族が外に放り出され、術後の処置を開始します。
正直、手術よりも何よりも、これがイッチバン辛かったです。
まず前日、喉を横方向に切開してるわけです。それなのに後頭部側に頭を仰け反らせられ、内視鏡を鼻から突っ込んで喉の内側の腫れや炎症をチェックします。
喉がマズイと呼吸器が外せないため、チェックするとの事前指導がありましたので覚悟はしておりました。
「カメラで見ますので、ちょっと苦しいですけどー」と若くて可愛い先生が言った次の瞬間。
容赦ない勢いでズドンと鼻の奥にカメラが突き当たり、グイン、と向きを変えて一気に喉の奥へカメラが進みます。
でキョロキョロしてます。喉の内部で。
吐き気のひどいこと。そして傷口の痛いこと。さらに鼻の奥の痛いこと痛いこと。
しかもよく見えないのか鼻血が邪魔なのか、一度抜いて反対の鼻穴からズガンと再挿入。
全く同じプロセスで全く同じ痛みを2度繰り返すのは拷問の基本だと知りました。
この時ばかりは声も出ないのに泣きました。ついでに洗いざらい白状したくなりました。
でまぁグリグリと喉を見て、大丈夫そうだというので呼吸器の管を抜くわけです。
自分の目の少し下あたりに呼吸器のてっぺんがありまして、口の中の感覚では喉の入口付近まで管が通ってそうなイメージなのです。
「じゃあ呼吸器抜いていきますよー」って若くて可愛い先生が言った次の瞬間。
ずるずるずるずるずるずる
って!!!
ずるずるずるずるずるずる
って!!!!!!!
何cm入ってんだよ俺の中によ!!! って言いたくなるレベルの寄生虫まがいの長い物体がどんどん出てきます。
吐くところでした。抜くのが苦しいとかじゃなく、おぞましくて。確かに苦しくもありましたがね。
だって体内に(喉の奥から)20cm以上の長さですよ。鼻の頭のあのてっぺんから勘定したら、あんた楽に30cmはありますよ。
おえー
でやっとこサッパリして、意識混濁ですよ。痛み止めのモルヒネがバンバン点滴されてまして、これが眠くなるっすよ。
でもまた家族と合流して、次に回復室という、術後一泊するような部屋がございまして、そちらに移動です。
「腹減った」「麻酔おもしれえ」としきりに訴えていた記憶がありますが、やはり混濁してますので中途半端な記憶しかありません。
回復室では5分寝ては5分起きて、といったサイクルこそ忙しいものの意識朦朧と過ごしました。
25日は朝からカミサンと両親が見舞いに来てくれたのですが、まだ本回復した訳じゃないのであんまりちゃんと対応もできず。
意識はある程度はっきりしてるんですが、モルヒネのはずみでいきなり寝ちゃうんですよね。
このとき何を会話したか、ほとんど記憶に残っていないのがその証拠です。
でも深夜、窓の外を誰かが歩いていたのを目撃したのが気になって眠れない!って次の瞬間には寝ましたけど。
翌26日午前中、カミサンが見舞いに。同日午後友人が見舞いに。その後両親が見舞いに。
この日の記憶も不明瞭ですが、友人に「カテーテルマキが…」と言って二人で爆笑した記憶だけが鮮明です。
その夕方辺り?だったと思いますが、元々いた外科の病棟の部屋に移動になりました。
この時点で気づいてはいましたし、先ほど友人にも言いました通り、私には尿道カテーテルが挿管されてるわけです。
また怖いアイテムが一つ増えてしまいました……
この日から流動食に等しい3分粥が出され、無理やり体を起こして食います。
食いますが、空腹のあまり一気に全部食ったらしゃっくりが止まらなくなり、翌朝までノンストップで眠れず。
この翌日27(金)朝の回診で、手術の傷口から出ている管(これには気付かなかった)が抜菅されます。
当然傷口に埋め込まれてる訳ですから、抜く時痛いです。思ったほどじゃなかったんですが、それでも痛かったです。
そして若くて可愛いナースさんがお二人やってきて
「おしっこの管とっちゃいますねー エヘ」みたいな(妄想と誇張が含まれております。怒張はしておりません)
もうこちらには恥も外聞も残っておりませんので、お好きにどうぞってなもんです。むしろどうぞ。
で、痛みに耐え忍ぼうという体制を整える前に「ひょい」とばかりに抜菅されてしまいます。
アンタそんな無造作な!!!!
痛いとかじゃなくて、熱いです。
尿道内ヤケドします。そのくらい(体感的に)熱かったです。で固まっておりますとナースのお一人が「あ、固まった」とか言います。
そりゃ固まるよ。
その日出てきたご飯は5分粥です……昨日より硬くなった、とは言え。
俺は肉が食いたいんだ。
俺は肉が食いたいんだ!!
と叫びますが、そういうルールらしいので如何ともできません。肉はおあずけです。
汁すすって、具のない味噌汁の汁すすって、と汁まみれです。腹にたまった気がしません。
管が抜けたということは、トイレなりなんなりは歩いて行かなければなりません。
歩いていくにも点滴が邪魔で、まぁ管を上手くよけて点滴台につかまって立ち上がろうとするんですが、何しろソレまで丸3日寝てたわけです。
足には力が入らないわ、体を起こそうとすると傷が痛むわ、立ち上がってはベッドに尻餅という有様。
なんとかヨボヨボとトイレに行きますと、なんか個人用の袋に尿をためてくださいと言われ、ビーカーにとって袋に溜めます。
部屋に戻って早々に寝たいところですが、まだ昼です。
というわけで本を読みつつ時間が過ぎるのを待ちます。
寝ても夜中にすぐ目が覚めてしまい、ろくに眠れません。ここまで寝すぎた弊害でしょうか。
翌日は7分粥、更にその次の日は全粥となるのですが、生来流動食は見るのもいやなタチです。
ぶっちゃけ食欲旺盛なのに食欲が湧かないと言うものすごいジレンマに襲われ、病院の売店で固形物を買ってこっそり食べる始末。
いいのか俺。
よくない。よくないけど流動食はいや。
この時点(金曜~土曜あたり)で、足腰はかなり元通りに復元します。
6Fに入院していたのですが、1F売店まで階段を駆け下りるという荒業で体力を強制的に回復。さすがに傷に響くので、頻繁にやるとアレだと思います。
で、土曜に仮出所(?)というご沙汰をもらえたので、家に帰ってPCさらったり携帯いじったり本を買い込んでみたりして病院へ戻ります。
結局すぐ読み終えてしまい、日曜の午後、再び外出許可を得て徒歩5分のブックオフまで本を買いに行きます。
買い込んで病院へ戻るという不毛な外出を乗り越え、やっと本日退院の沙汰が出たのは良いのですが、思いのほか時間がかかり。
10時過ぎには支度を終えていたにもかかわらず、病院を出たのは13時という有様でした。
カミサンが13時から仕事だったため、父の車で自宅へ戻り、様々な案件を片付けて再度病院へ。
未受理の薬と未処理の請求書を受け取り、退院と支払いの手続きを完了した上で帰宅。
おかげさまでこれだけの長文を書く程度には回復しておりますので、皆様ご安心の程を。